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脂質異常症について

私たちの血液には、体のエネルギー源や細胞の材料として必要な「脂質」が含まれています。しかし、この脂質のバランスが崩れてしまうと、血管に悪影響を及ぼし、将来的に心筋梗塞や脳梗塞などの重大な病気につながるおそれがあります。この状態を「脂質異常症」と呼びます。
ここでは、脂質異常症の定義や診断基準、治療の目標、そして具体的な治療法についてわかりやすくご紹介します。

脂質異常症とは?
脂質異常症とは、血液中の脂質(主にコレステロールや中性脂肪)の値が基準から外れている状態を指します。かつては「高脂血症」と呼ばれていましたが、脂質が高すぎる場合だけでなく、必要な脂質が低すぎる場合も問題になることから、現在では「脂質異常症」という名称が使われています。
脂質異常症には以下の3つのタイプがあります。
1. LDLコレステロール(悪玉コレステロール)が高いタイプ
2. HDLコレステロール(善玉コレステロール)が低いタイプ
3. 中性脂肪(トリグリセリド)が高いタイプ
これらの異常は、それぞれ単独で起こることもあれば、複数が重なることもあります。

診断基準は?
脂質異常症の診断には、主に血液検査を用います。
以下は、2022年 日本動脈硬化学会ガイドラインに基づく診断基準です。
• LDLコレステロール:140 mg/dL以上 → 高LDLコレステロール血症
• HDLコレステロール:40 mg/dL未満 → 低HDLコレステロール血症
• 中性脂肪(トリグリセライド)
 - 空腹時採血の場合:150 mg/dL以上
 - 随時採血の場合:175 mg/dL以上
 → 高トリグリセライド血症
中性脂肪の測定は、これまでは空腹時採血(10時間以上の絶食後)で行うことが一般的でした。しかし、非空腹時のほうがむしろ心血管イベントの予測能が高いとする欧州のデータからわが国でも取り入れられ、食事の時間帯に関わらず175 mg/dLを超えている場合には、高トリグリセライド血症と診断されます。
これらのいずれかに当てはまる場合、脂質異常症と診断されます。ただし、診断は一回の検査だけでなく、食事や運動、体調による変動も考慮して行われます。また、他の疾患(甲状腺機能低下症、腎疾患、糖尿病など)の影響を受けて脂質が異常となっている場合もあり、その精査が必要になることもあります。

治療の目的と目標値
脂質異常症の治療の最大の目的は、「動脈硬化の進行を防ぎ、心筋梗塞や脳梗塞などの心血管イベントを予防すること」です。
治療目標値は、患者さんの動脈硬化のリスク(既往歴、糖尿病、喫煙、高血圧、家族歴など)によって異なります。以下は一例です。
• 一次予防(心血管病がまだない人)
 - 低リスク:LDL < 160 mg/dL
 - 中リスク:LDL < 140 mg/dL
 - 高リスク:LDL < 120 mg/dL
• 二次予防(心筋梗塞や脳梗塞の既往がある人)
 - LDL < 100 mg/dL(またはさらに厳格に < 70 mg/dL を目指す場合も)
これらはあくまで一例であり、患者さんごとの背景や合併症に応じて医師が最適な目標を設定します。

治療について:生活習慣の見直しが基本
脂質異常症の治療は、まずは生活習慣の改善が基本となります。特に次のポイントが重要です。
1. 食事療法
• 脂っこい食事(動物性脂肪、揚げ物、ラーメンなど)の摂取を控えましょう。
• 魚(特に青魚)や大豆製品、野菜、海藻などを積極的に取り入れることで、善玉コレステロールを増やす効果が期待できます。
• 甘いものやアルコールの摂りすぎは中性脂肪を上昇させるため、控えることが重要です。
2. 運動療法
• 有酸素運動(ウォーキング、ジョギング、水泳など)を週に150分以上行うことが推奨されています。
• 継続が大切です。無理のない範囲で、できるだけ日常生活に取り入れていきましょう。
3. 禁煙
• 喫煙はHDLコレステロールを減少させ、動脈硬化を進行させます。禁煙は脂質異常症だけでなく、全身の健康につながります。
4. 薬物療法:必要な方には適切な治療を
生活習慣の改善を一定期間行っても改善が不十分な場合、または動脈硬化リスクが高い場合には、薬物療法が検討されます。
主に使用される薬剤は以下の通りです。
• スタチン系薬剤:LDLコレステロールを下げる効果が高く、動脈硬化予防にも有効。副作用として肝機能障害や筋肉痛が出ることがありますが、多くは軽度です。
• エゼチミブ:スタチンに加えて使用されることがあります。
• フィブラート系薬剤:中性脂肪を下げ、HDLを上げる作用があります。
• EPA製剤:中性脂肪を下げ、抗炎症作用や血栓予防効果もあります。
• PCSK9阻害薬:注射薬であり、スタチンやエゼチミブだけでは十分なLDL低下が得られない場合に使用されます。
薬は一度始めると長期にわたって継続することが多いため、定期的な検査と副作用のチェックが必要です。

まとめ:定期検診と早期発見がカギ
脂質異常症は自覚症状がほとんどないため、健診などで「コレステロールが高い」と言われても、放置してしまう方も少なくありません。しかし、知らず知らずのうちに血管は傷つき、気づいた時には重大な病気になっていることもあります。
血液検査での早期発見、生活習慣の見直し、そして必要に応じた適切な治療によって、動脈硬化の進行を抑えることができます。
健康寿命を延ばすためにも、40歳を過ぎたら年に一度の健康診断、そして必要があれば内科での相談をおすすめします。


*家族性高コレステロール血症(FH)について
〜早期発見と適切な治療が将来の命を守ります〜
脂質異常症の中には、遺伝が原因でコレステロールが非常に高くなる「家族性高コレステロール血症(FH)」という病気があります。通常の脂質異常症と異なり、子どもの頃からLDLが非常に高いのが特徴です。遺伝性のため、家族の中にも同様にコレステロールが高い人や、若くして心筋梗塞を発症した人がいることがよくあります。発症頻度は決して珍しくなく一般人口では約300人に1人、冠動脈疾患患者では約30人に1人とされています。早期に発見して治療を始めることで、心筋梗塞などの重大な合併症を防ぐことができます。

診断基準(ヘテロ接合体FH:片親からのみ遺伝子異常を受け継いだ場合)

日本動脈硬化学会の「FH診療ガイドライン」による診断基準は以下の通りです。

次のうち2項目以上を満たす場合にFHが強く疑われます(小児例では基準が一部異なります)。

  • LDLコレステロールが180 mg/dL以上(未治療時)
  • 腱黄色腫(手背、肘、膝等またはアキレス腱肥厚)
  • FHまたは早発性冠動脈疾患の家族歴

アキレス腱の厚さは超音波(エコー)検査で簡便に測定できます。レントゲンと異なり被ばくがなく、身体的負担の少ないのが利点です。当院では、FHの早期診断を目的として、アキレス腱のエコーによるスクリーニングを行っております。これは、皮膚の上からプローブをあててアキレス腱の厚みを測定し、痛みもなく、5分ほどで終了する簡便な検査です。

 

予後と主な合併症

FHでは合併症として全身性動脈硬化症をきたしますが、最も重要なのは狭心症や心筋梗塞といった冠動脈疾患です。冠動脈疾患に加えて末梢性動脈疾患や頸動脈硬化症の有病率も高いとされています。30〜40代という若年で心筋梗塞などの重篤な心血管イベントを発症するリスクがあり、FH患者は一般の人に比べて冠動脈疾患の発症率が10~20倍高いとされています。生命予後についてはスタチン登場前は心臓死が大半で、ヘテロ接合体の死亡年齢は平均63歳でしたが、登場後は76歳まで延長しています。

 

 治療:スタチンが第一選択薬です

FHの治療でも、まずは生活習慣の改善が重要ですが、それだけでLDLコレステロールを十分に下げるのは困難です。スタチン系薬剤が第一選択となり、早期からの薬物治療が推奨されます。LDLコレステロールを下げ、心血管イベントの発症を抑える効果が証明されています。ホモ接合体FHなど重症例ではLDLアフェレシスという治療が行われることもあります。 LDLコレステロールの目標値は厳格に設定され、ヘテロ接合体では100mg/dL未満、冠動脈疾患の既往がある方では70 mg/dL未満を目標とします。