〜日常生活で気をつけたいこと〜
ある日突然、息切れが日常になる──
「階段の途中で息が切れるようになった」
「最近、靴下の跡がやけに残る」
「なんだか疲れやすくなった気がする」
年齢のせいかな?と思いがちですが、実はこれ、「心不全」のサインかもしれません。
現在の日本では、高齢者の約5人に1人が心不全を抱える時代が目前に迫っています。しかも、その多くが「気づかれないまま進行している」というのが現実です。
そんな中、2025年に日本循環器学会と日本心不全学会が合同で発表した心不全診療ガイドラインの改訂版が公表されました。
このガイドラインには、これからの私たちの健康と命を守るための、数多くのヒントが詰まっています。今回は、そのエッセンスをわかりやすくご紹介いたします。
- 心不全は「ある日突然」ではなく、「じわじわ進む病気」
心不全は、症状が現れるよりもずっと前から進行が始まっています。
ガイドラインでは、その事実をふまえた発症前からのステージ分類が採用されています。
一般には「一度かかると治らない病気」と思われがちですが、心不全は“予防”や“重症化の抑制”が可能な病気です。
【心不全の4つのステージ】
- ステージA:まだ症状はないが、心不全のリスクを抱えている状態
→ 高血圧・糖尿病・肥満・喫煙・冠動脈疾患・慢性腎臓病(CKD)などが該当します - ステージB:心臓の構造や機能に異常はあるが、症状は出ていない段階
- ステージC:息切れやむくみなどの症状が現れている状態
- ステージD:治療抵抗性で、繰り返し入退院を要する重症の段階
→ ポイント:症状が出る前の「ステージA・B」こそ、心不全を未然に防ぐ最大のチャンスです。
今回の改訂で注目されたのが、慢性腎臓病(CKD)が新たにリスク因子に追加された点です。
心臓と腎臓は密接な関係にあり、腎機能が低下すると心臓への負担が増し、心不全のリスクが一気に高まります。腎臓病は自覚症状が出にくいため、尿検査や血液検査などの定期的な健診での早期発見が非常に重要です。
- 左室駆出率(LVEF)による分類の重要性
今回のガイドラインでは、ステージ分類に加えて、左室駆出率(LVEF)による分類の見直しが行われました。
・左室駆出率(LVEF)とは?
心臓は全身に血液を送り出すポンプのような臓器で、「左心室」はその中でも主役を担う部屋です。
LVEF(Left Ventricular Ejection Fraction)とは、左心室が1回の収縮でどれだけの血液を送り出せているかを示す割合で、通常は50〜70%程度が正常範囲とされます。
このLVEFの値によって、心不全のタイプが分類されます。
【LVEFによる心不全の分類】
- HFrEF(EF≦40%):収縮機能が低下しているタイプ
- HFmrEF(EF 41〜49%):中間型
- HFpEF(EF≧50%):駆出率は保たれているが症状のあるタイプ
- HFimpEF(EFが改善した心不全):EF≦40%だったが、治療により回復したタイプ(新設)
→ ポイント:LVEFの分類により、以下のようなメリットがあります。
- 治療薬の選択がしやすくなる
(例:HFrEFでは、β遮断薬・MRA・ARNI・SGLT2阻害薬の“4本柱”の薬物治療が有効) - 病気の経過や再発リスクの予測が可能になる
- EFが回復した場合の治療継続方針が明確になる
- 血液検査で“心臓の負担”がわかる
BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)やNT-proBNPは、心臓にかかる負担を反映するホルモンで、心不全の診断や重症度の評価に有用です。
今回のガイドラインでは、診断に用いるカットオフ値が明確化されました。
- BNP ≥ 35 pg/mL または NT-proBNP ≥ 125 pg/mL の場合、心不全の可能性を考慮します
- 慢性心不全の経過観察では、「数値の推移」が特に重要です
→ ポイント:一時的な数値よりも、「前回と比べて増えていないか」「症状と一致しているか」が判断のカギです。定期的なフォローアップが推奨されます。
- 治療薬にも進化が──SGLT2阻害薬が全ステージで推奨へ
ガイドラインでは、ステージやLVEFの分類ごとに推奨される治療薬が整理されています。
なかでも注目されるのが、「SGLT2阻害薬」の位置づけです。
もともとは糖尿病治療薬として使われていたSGLT2阻害薬(ダパグリフロジン、エンパグリフロジン)が、心不全にも大きな効果を示すことが分かり、全ステージにわたって推奨されるようになりました。
とくに、EFが保たれているHFpEFに対しても効果が期待されており、画期的な進展といえます。
【HFrEFステージC・Dに対して推奨される主な治療薬】
- SGLT2阻害薬:ダパグリフロジン、エンパグリフロジン
- ACE阻害薬/ARB
- ARNI(アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬):サクビトリル・バルサルタン
- β遮断薬:ビソプロロール、カルベジロール
- MRA(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬):スピロノラクトン、エプレレノン
- ループ利尿薬(症状緩和のため)
→ ポイント:症状が出ていなくても、心機能が落ちていれば治療開始を考えるべきという考えが強調されました。糖尿病や腎機能に課題のある方も、心不全の予防を目的とした治療が可能です。
まとめ:心不全は「予防」と「継続的な管理」がカギ
数値と症状を“セット”で見つめよう
心不全は、「症状がある=心不全」「症状がない=安心」とは限りません。
BNPやEFといった客観的な検査値と、息切れ・むくみ・体重増加などの主観的な症状を組み合わせて判断することが大切です。
進行性の病気である心不全も、早い段階で気づき、治療に取り組むことで、重症化を防ぎ、生活の質を保つことができます。
年齢を重ねるごとに誰もが心不全のリスクを抱えるようになります。
当院では、心不全の早期発見・予防・治療に力を入れています。
息切れやむくみなどの症状はもちろん、「体力が落ちた」「なんとなく調子が悪い」といった小さな変化も、ぜひお気軽にご相談ください。